夜明けの少し前に

第七話





 ゆらゆらと揺れる、蝋燭の炎。
 それは、この狭い湿った木造の部屋にもいささか頼りないもの。
 炎自身が不安がるように、周りのもの―――そして自分達の影をも誇大しては揺らめかせる。



 リードはその炎の様を見つめながら父の言葉を思い出す。

―――“重要なのは、その時にどれだけ冷静で居られるか”―――

 冷静なつもりだよ、父さん。
 でも。









「子供の癖にやけに金持ってんなぁ」

「剣はどうだ?」

「普通。ちと古いな」

「このタリスマンは中々いいんじゃないか?」









 おそらく、今自分達がいる部屋のドア一枚隔てた先の会話。
 内容は、品定め。









「…………」

 ちら、と隣に居る少女を見る。
 黒髪の美少女は不安げに目を伏せ、自分の視線に気付くとはっと顔を上げてこちらを見てくる。
 やはりその瞳の感情は変わらない。

 そしてその小さめの口には―――さるぐつわが。

 いや、口にといわず自分達の手首、足首にも縄の戒めがある。
 この場合は目隠しをされなかっただけでも幸いと思うべきなのか。












 リードとシルア。
 旅立ち早々、盗賊に襲われてしまった。






















































 それは草原も終わり、街道がちょっとした林に入った頃だった。
 昇りきった陽は緩やかに大地を照りつけながら降下し、その色を紅へと染めて行く。

「……そろそろ疲れたなー」

 小柄なこげ茶の髪の少年―――リードは呟いて上を見上げた。
 まばらな枝から覗く、橙に色づく雲や空が明るい緑の瞳に映る。

「…………」

 彼が振り返れば、そこには一人の少女が。
 腰まである豊かな黒髪。白い肌に大きな紺の瞳。
 誰が見ても美少女というに相応しいその少女は、やや疲れた顔をしてリードの少し後ろを歩いていた。
 いや、最初は隣に居たはずなのだ。やはりここは、体力の差なのか。



「―――その」

「ん?」

 少女―――シルアは心なしか声も疲れている。

「今日は……どこに、泊まるの?」

「どこ……って」

 言われてリードは辺りを見回す。
 だんだんと陽の色が濃くなってきていた。

「あー……ここから次の町までは、まだしばらくあるんだ」

 本当はペース上げてもよかったけど、というのは流石に躊躇われた。

「じゃ、じゃあ……?」

「野宿?」

「……!」

 シルアは今度こそ絶望的な顔をして立ち止まった。
 そして、前に居るリードをちょっとだけ睨む。

「……なんだよ」

「……野宿……」

 その声には何か後ろめたいような、暗いような不安げなものが含まれている。
 そこでリードは少し拗ねたように、ぷいっと前を向いて、

「―――別に襲ったりとかしねーから安心しろよっ」

「!!」

 そう言いはなったリードにシルアは少し顔を赤らめて驚く。
 そしてシルアも拗ねたように目を閉じてぷいっと横を向いて。

「……最低っ」

「んなっ……」

 大きくも無いが確かに聞こえたその呟きにリードは思わずシルアの方を振り返る。
 だが彼も疲れているのか、それ以上何か言う気も怒らず、じと、と少女の横顔を見た。

(かっわいくない……)

 無論、容姿のことではない。

 最初は睨んでいたし(怒ったらやめてくれたが)、妙に棘のある言い方するし、この林に来るまでも余り愛想の良い言葉は見当たらない。
 今は疲れているということもあるのだろうが、それはこちらだって同じである。

 確かに、隔てを置いてしまうというのは解らないでもない。
 ただ、そこから何か発展の第一歩を踏み出すのが正しいのだとリードは考えてきたのだが。

(同じこと、考えてると思ったんだけどなぁ)

 リードはこっそりため息をつく。どうやら彼の発言にも諍いの一端があったとは考えないらしい。

 と。






「あの、すいません」

「は?」

 突如掛かった声は、いつの間にか前に居た青年が発したものだった。
 中肉中背、リードよりは明るい茶の髪と同じ茶の瞳。
 服装は身軽なもので、その肩にはリード達と同じように荷物の入った丈夫そうな袋が提げられている。
 世間を知らない二人から見ても、平凡な旅の方だ。

 リードは間抜けな声を出してしまい、改めて答える。
 シルアは少しリードの後ろに近寄った。

「はい、なんですか」

 多少どぎまぎしてしまったのは仕方が無い。
 するとその男はくすりと笑って喋りだす。

「いえ、ここからヘルゼにはどう行けばいいんでしょうか?」

「あ。俺達もそこに行くんですよ」

「ああ、そうなんですか。では、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「はい、もちろ―――おっ!?」

 リードがのんきに快くそう返事しようとした時、突如腕を、正確には袖を引っ張られる。
 それは勿論、シルアだ。

 ひそひそ。

「(な、なんだよっ)」

「(馬鹿っ、何か怪しいじゃない)」

「(えっ?)」

「(その、何が怪しいのかわからないけれど……私の勘は、当たるの)」

 シルアは巫女だ。何かそうした直感のようなものが常人より秀でているのはリードも納得できた。だが。

「(……じゃあ、どうすんだよ……)」

「(……それは)」

 言い篭るシルア。
 無碍に断れるわけねーだろ、と言いかけたリードははっと口をつぐんで前を向く。

「どうしました?」

 そこには、何も知らぬ顔を―――装った、穏やかな表情の男。
 リードはそれを一瞥した後、周りに視線と神経を巡らす。






「―――……」

 気のせいではない。
 確かに今、妙な気配が―――






「あうっ……?」

「!?」

 やや高めの声は、シルア。
 短く叫ぶと、ふら、としたかと思えばやがてそのまましゃがんでいるのが精一杯というように地に手をつく。

「なっ―――」

「動かないで下さいね」

「!?」

 声を掛ける間もなく、また前に居る男から声がかかる。
 口調こそは穏やかだが、それはこの状況には似つかわしくない響き。

「一体何を―――ぐっ!?」

 突如木立か、どこからか一直線に飛んできた極々細い銀光。
 それは―――今とうとう意識を失ったシルアと同じく、リードの首の辺りに命中した。

 ずるる、と身体から力が抜け意識が朦朧としていく中、自分とシルアの身体が荒々しく運ばれていくのを感じた―――