夜明けの少し前に

第四十五話





「おいリード、どこに行く気だ?」

 昼下がりといったテードルにある町の一つ、サンキトル。
 サンカで取れた鉱石が一番に運ばれるのはまずこことだけあって、地味ではあるもののそれなりに栄えている町ではある。

 宿の部屋から出た男三人。
 するとすぐにリードは廊下をすたすたと歩いていく。

 くりっと振り返ってリードは不機嫌そうに答える。

「町ン中」

 それだけ言うと、さっさと階段を下りて行ってしまった。
 キーニアスはエイジスを呆れた目で見る。

「八つ当たりは良くないと思うが?」

「まさか」

「…………」

「何か美味いものでも食うか……ああ、シルアに持っていった方がいいのか?」

「いや、いいだろう。エルリアがついている」

「そうか」

 エイジスはフードを被り、リードと同じく階段へと向かう。
 キーニアスも今現在これといってすることも見当たらず、彼の後を付いていった。



















































(あー、いらいらすんなぁ)

 あちこちに鉱夫姿が見える通りを早足で進むリード。
 わはははと馬鹿笑いが聞こえ、そちらを見ればやはり鉱夫たちが何やら話しながら食堂へと入っていくところだった。
 人間、苛々しているところに他人の笑い声はいただけないものである。

「ちぇっ」

 こっそり舌打ちをし、また前を見る。
 全体として装飾の少ない町並みが、昼下がりの陽気のもと―――

―――待てよ。

(どうして昼なのに、鉱夫がこんなに?)

 思えば、道端にいる鉱夫の表情は明るいものとは言えないし、先ほどの馬鹿笑いは酒が入っていたようにも思える。
 少し考えて、思い当たる。

 彼らは今、仕事が無いと言ってもいいのだ。

 がらんとしたサンカの鉱山を思い出し、リードはそれとなくやりきれない気持ちになる。

(でも、もうあの変なのは出てこないんだよな。だったら……)

 だったら―――伝えようというのか?
 思い直し、リードはポケットに手をつっこむ。
 そして指に当たる細い鎖の感触―――



「―――リード君!?」



 突如かかる、懐かしい声。



 振り返れば―――そこにいるのは、青髪の。

「あ……マリナ、さん?」

 久しぶりな上に色々な出来事を挟んだ所為かどのように接していたか忘れかけている。
 ここでシルアが居たら喜ぶのだろうか、と考える。

 すらりとして魅力的な線をした身体。
 軽装の戦士という出で立ちの青髪の美女―――マリナ=アンフィネは嬉々としてリードの元に駆け寄る。

「リードくん! 久しぶりね! ……って、あら、シルアちゃんは?」

「今、宿で寝てるよ」

「あら……体調でも崩したの? その前に、どうしてここに……?」

「え。あー……えっと」

 マリナの急いていて、だが当然ともいえる勢いにリードはたじろぐ。
 そしてどこから説明したらよいものかと困り果てた。

「お見舞い行っちゃだめかしら」

「あ、その……今、エルリア……」

「エルリア? 誰……?」

「え……エルフの、えっと、何だっけ」

(よく考えりゃ、あの二人のこと全然知らない!?)

 一応説明は受けたはずだが、色々と立て続けに起こった所為か余り深く考える余裕が無かった気がする。
 マリナはそれに更に不信感を抱く。

「エルフ、ですって? 今時エルフだなんて余程のところじゃお目にかかれないわよ」

「嘘じゃないって」

「そりゃ、嘘をついているとはいいませんけど。で、お見舞いは行っちゃ駄目なの?」

「うー……?」

(男は出てけって言われたんだよな。んじゃ女はいーのか? んんん?)

 混乱しうろたえるリードにマリナはとうとう痺れを切らす。

「あーもう! いいわよ、私一人でシルアちゃん探しちゃうから」

「ええ!?」

「全く、少しは背が伸びたと思ったら!」

 そう、リードもあの頃よりは確かに背が伸びている。
 だがその後に「中身は……」などぶつぶつ聞こえるのでリードはあえて聞かないことにした。

「だー、わかった、案内するから―――」

 リードが、慌ててそう止めようとした時。



「リード!」

 掛かるのは若い男の声。



 リードはその声に心当たりが無いわけが無いので振り向く。嫌そうな顔で。

「あー……」

 視界に入るのは、更に増えてきた通りの人を掻き分け近づいてくるフードを被った男―――

 だが。
 男の足は、そこで止まる。



「―――?」

 リードは訝しげな顔をする。
 あの人物はどうみてもエイジスであり、その立ち止まる様はいつもと違う―――呆けたような、途方に暮れたような、そんな印象。

「おい、どうし……あ!」

 そしておもむろに、ふいっと引き返していく。
 何しにきたんだ、と叫ぼうとした時―――

「!?」

 自分より先に―――マリナが、駆け出していた。