夜明けの少し前に

第四十二話





「……暗いな」

 サンカへ続く入り口を見つけ中を覗いたキーニアスの第一声はそれだった。
 エルリアが首を傾げる。

「いつもは明るいのか?」

「いや……」

 言葉を濁した彼の表情に、そこにいる全員が不思議な顔をする。

 彼が“暗い”と言ったのは、目に見える明暗だけを意味したものではなかった。
 確かに中の道に灯りがある様子は無いが、それ以上にそこの空間全体が、どことなく不快な空気で満ちている。
 だがここで渋っていても仕様が無い―――と、キーニアスは指先に灯りを生み出し一歩足を踏み入れた。

 続いてエルリアが入り、エイジスは先にリードとシルアに中に入るように促した。
 なのでリードは先にシルアを進ませ自分も入り、エイジスはその後を追った。






























 中は通路というよりは洞窟に近かった。
 余り人も通らないのか、途中壊れたランタンのようなものがかなり土埃を被って放置されていた。
 どういう経緯があったのかと想像するとあまり良くない方へと考えてしまい、シルアは慌てて前を向く。
 と―――

「―――足を止めてくれ」

 キーニアスが僅かに緊張しながら言う。
 全員が足を止める中、近づいてくるのはぼんやりとした橙の光。
 緩やかに曲がる通路の向こうから、それは徐々に明るさを増してきた。



「……!」

 そして現れたのは―――



「……なんじゃいな、お前さん達は」

 キーニアスを覗く四人は目を見張った。



 もっさりとした白い髭に眉。
 ずんぐりむっくりという形容が似合いすぎる、背丈もシルアに届かないほどの―――老人だった。
 片手に灯るランタンを提げ、着古した作業着のようなものを着た彼は小さな目でキーニアスを見上げた。

 キーニアスの表情がやや晴れる。

「貴方は―――お久しぶりで」

「ん?」

 小さな老人はランタンを精一杯高く持ち上げ、うーむ、と唸りながらしばしそのまま考え込み―――髭を震わせた。

「―――おお! 竜族の旦那じゃな」

「まさか貴方が此処にいようとは……驚いた」

 傍から見ていると、どうやら二人は旧友のようなものらしい。
 表情にも穏やかなものが混じっている。―――老人の方は髭でわかりにくいが。

 老人は更に後ろの四人を見て、

「あんたがこんな辺鄙なとこに来なさるとは……うむ、うむ」

と頷き、くるりと彼が来た方向に身体を戻す。
 そしてちらりと振り返って言った。



「よう来た、竜族の旦那にエルフの御方……そして人の子達。
ここはサンカ。そしてわしはディング。……見ての通り、ドワーフじゃ」

 そう言うなり、ぽてぽてと一人で歩き出したのだった。







































「元気そうで何よりだ―――それにしても、何故此処に?」

 小さな老人―――いや、ドワーフであるディングの後に続く五人。
 キーニアスは前行く彼に歩調を合わせながら問うた。

「それがな、ちと事情があってな……場合によっちゃ、旦那達の力を借りにゃならんかもしれん」

「それはどういう―――」

「まあ、待つんだ、旦那。積もる話は今から案内する所でな」

 ディングは急くキーニアスをなだめて歩き続ける。
 長身の男性と小さな老人―――その妙な光景にエルリアは堪えきれずに口を開いた。

「失礼だが、二人は一体……?」

 それにキーニアスが答える。

「旧くからの友だ。本来、彼はもっと北の山で暮らしているはずだが」

「前に、竜族に世話になったことがあったんじゃよ」

 リードは馬車の中で交わした会話を思い出す。

「そう―――そこでしばし言葉を交わしたのだ」

 ディングが付け加え、キーニアスはそれに懐かしむように続ける。
 エルリアは質問を続ける。

「私のことも知っているのか?」

「ああ、そりゃもちろんだとも」

 ふむ、と頷きながらディングは続ける。

「一度エルフに品を献上したことがあった。そこで小さいお前さんを見たよ」

「小さい……」

「わしゃ人の顔を覚えることは苦手だがの、あんたはすぐに判ったよ」

 エルリアがどことなく照れているような表情をしながら口を閉じた。
 するとディングが声を上げる。

「ほれ、もうすぐ開けるぞ」

 開けたのは―――景色だった。



 今までの通路が続く光景とは違い、目の前にあるのは大きな空間だった。
 まるで土を丸くくりぬいたように広がるそこには土で出来た橋のような廊下が縦横無尽に走り、所々に手押し車やつるはしなどの工具の類がまとめられている。
 だが―――そこは無人だった。

「寂しいもんじゃろ」

 ディングが慣れきった哀しさを乗せて言う。
 シルアはその背中にある計り知れない感情を覚えた。

「さ、こっちじゃ」

 その感傷に浸る間もなく、ディングは通路に続く入り口のすぐ脇にある壁伝いの廊下を歩いていった。

































 廊下の先にあったのは、割と広い休憩室のような場所だった。

「生憎何も用意できんがな、かけてくれ」

 彼は部屋の中央にある大きめの長方形の木のテーブルに向かい、人間用の椅子の脇に用意されたわりと低めの椅子にどっこらせ、と腰掛けた。
 キーニアス達は人間用の椅子に各々座ったが、リードが座りながらまじまじとディングを見る。
 ディングは片眉を上げてリードを見やる。

「なんじゃ坊主、何か面白いかの」

「えっ、いや」

 全員が肩を並べる中、一人だけテーブルからやっと目が覗く程度のディングの姿は少々滑稽なものがあった。
 が、そんなことが言えようも無くリードは慌てて言葉を濁す。
 ディングはそれをわかっていてか鼻息ひとつ、髭をもごもごとさせながらキーニアスを見る。
 正直全員が吹き出しそうな中、ディングの向かいに座るキーニアスのみが真顔で対応する。

「それで、ディング殿」

「ふむ、どこから話そうかの……」

 ディングは皮手袋をはめた手で髭をいじりながら話し出す。
 ああ、ここは人間の鉱山だったなとエイジスが納得していた。

「いや、まだこちらの紹介をしていない」

「おお、そうじゃった」

 キーニアスがそう言って、まず隣に居るエルリアを見る。

「彼女はエルディレイリア……私はエルリアと呼んでいるが。現在、エルフを代表する座につく者だ」

「そうじゃろう」

「後の三人は全員人間だ。
エルリアの隣に居る彼が、名をエイジス=ノル=ジスタ=アリミドナール」

「ほ、あの“第一王子”か」

 ディングの言葉にエイジスは苦笑する。
 キーニアスは続けた。

「今、貴方の隣に居るのがアノールのフォルンから来たリードという少年。
そしてその隣が同じくアノールのイシュフェルードから来たシルア……月の巫女だ」

「……森人と夜人か。珍しい取り合わせじゃの」

 ディングがちらりとリードを見て言ったので、リードはむっとする。
 するとディングは、ふぉ、ふぉと笑って言う。

「まあ、お前さん達は仲が好いようだがの」

「…………」

 リードがむすっとしながらも僅かに頬を染めるので、エイジスはそれを見て思わず口元を押さえた。

「随分と変わった面々じゃの―――まぁ、よい。話そうかの」

 先程より真剣な声音で、小さな老人は改めて話し始めた。