夜明けの少し前に

第三十五話





 シルアは紺の瞳を見開いて、その人物を見つめた。



「済まない―――」

 銀髪の男性が苦渋の表情で言うと、エルディレイリアは無表情で、

「そなたの所為ではない」

と、言う。苦々しいものは彼の口の中から消えないようだった。



「そうです、私の勝手で今こうなっているのですから」

「貴様―――貴様は」

 エルディレイリアはしれっと言いのける茶髪の男の言葉にぎり、と歯を鳴らしそうだった。
 対して茶髪の男は、その興味を―――黒髪の少女に、移していた。



「どうかしましたか、お嬢さん?」



「……っあ、」

 少女―――シルアは、声にならずにただその人物を見つめ続ける。
 リードは何事かとシルアの顔を覗き込んだ。

「シルア、どうし……」

「声」

「え?」

「その、声……」

 エルディレイリアはやるせない感情にシルアよりかは幾分明るい紺の瞳を伏せた。
 リードは訳が解らず、少しシルアに詰め寄った。

「声……が、どうしたんだ?」

 それに―――茶髪の男も続ける。






「私の声に……聞き覚えが、ありますか」






「サレディ=ヴィスタ!!」



 エルディレイリアはとうとう激昂してその男の名前を呼んだ。
 だが―――サレディ=ヴィスタと呼ばれた男はその微笑を崩さない。

 彼女の焼けるような睨みを寧ろ面白がっているようだった。

「この場から去れ!」

「それは出来ません」

「まだ言うかっ―――!」

「エルリア!」

 それに銀髪の男性がすかさず間に入って止める。
 はあ、はあと息を荒げながらエルディレイリアは彼の瞳を見た。
 そして、紺の瞳が切なく潤みかける。

「……キーニアス……」

「―――落ち着け」

 キーニアスと呼ばれたその銀髪の男性も、また複雑な感情を抱えていた。
 憎悪を、憎悪としないように抑えて―――全てとごっちゃになってしまったような、そんな感情。

「どうして……落ち着いていられる……キーニアス?」

「…………」

 キーニアスはただ黙って、近くのソファに彼女を誘導し座らせた。
 誘う手は微かに―――微かに震える。
 彼女が大人しく座ったのを見て、僅かに安堵を覚えた。

 そして、振り返る。

「サレディ=ヴィスタ。ここでのお前の発言は許さない」

「……いいでしょう」

 サレディはやはり微笑をたたえ頷いた。



























「私はキーニアス=ノヴィル=ドレイク。……竜族を統べる立場にある」

 銀髪の男性―――キーニアスは短い自己紹介を済ませた。
 そして、ちらりとも見ず。

「……彼は……サレディ=ヴィスタ」

 次に、吐き捨てる。






「―――魔族だ」






 その場の空気が、一気に凍りついた。
 唯一それを楽しむのは無論―――






「ま……ぞく?」

 そしてシルアが呆然と呟いた。

「じゃ……じゃあ、あの、神託は……!?」



 キーニアスはその言葉に応えるほどの余裕を持ち合わせていなかった。

「シルア―――」

 リードが心配そうに呼びかけるが、それも届いていないようだった。
 エイジスはただ沈黙を続ける。






「貴女に関してのみ、私が与えました」

「サレディ!」

 キーニアスの叱咤も聞かず彼は続ける。






「知らなかったのですか? 今まで神の声を聞いたものなど、貴女の一族はおろか―――この世界では一人も居ないのですよ」






「―――っ……!」

 シルアは今度こそ―――絶望に沈み込んだ。



「発言は許さないと言ったはずだが?」

「何も言わないのも酷ではないでしょうか?」

 キーニアスはその微笑までをも睨みつけた。
 そうしたところでそれが易々と消えることがないのはわかっている。

 魔族は情を知らない―――

 その言葉をキーニアスは咀嚼する気にもならなかった。









「……解散だ」

 エイジスはぽつりと、そう言った。






「明日の夜、もう一度―――此処に集まろう」



 陽は既に、暮れかけていた。