夜明けの少し前に

第二十話





 響いた金属音―――

 それは、男とライグの刃がぶつかった音。
 そしてライグの空いた片手はリードの細い腕を掴んでいた。



「てめえ、ライグ!!」

 男はそれに逆上して再び切りかかろうとするが、ライグはハルバードを巧みに操り、男の剣を絡め取ると無理やり地面に叩きつけるようにその刃をへし折った。

「くそっ……!」

 男はそれを見て青ざめながら、自然と割れた人の輪の間の方へと走り去っていった。





















「―――あ……」

「坊主。冷静になれ」

 呆けるリードに、ライグは厳しい表情でそう言う。






―――冷静になれ―――



 父にもよく言われた、言葉。






「これは、あの男と俺の話だ。お前が口を出していいものではない」

「…………」

「子ども扱いをされたくなかったら、まずは冷静になることだ。あんな挑発に乗るようじゃ、そこいらのごろつきと変わらんぞ」

「…………」

 悔しい。でも、その通りだ。
 リードは俯いて、唇をかみ締めた。

 ライグはハルバードをしまいながら言う。

「剣をしまえ。自分でしまわなきゃ意味が無い」

 リードは無言で、鞘に剣を収めた。
 ライグはそれに苦笑しながら、ぽんぽんと頭を軽く叩き、

「そう落ち込むな。怪我がなくて良かった」

 暖かい言葉を、うなだれる少年に与えた。

「……ごめん……なさい」

「いい。乱暴にしてすまん」

 素直な、少年らしい謝罪にライグは穏やかに微笑んだ。

「ほら、宿に戻れ。一緒に旅しているやつ、いるんじゃないか?」

 リードはその言葉に、一人の少女を思い出した。
 はっとして顔を上げ、そして今度はライグの顔を見た。

「―――いる」

「なら帰れ。そろそろ日も傾いてきたぞ」

「うん」

 素直に返事をし、決まり悪げに微笑んだ。
 ライグがとん、と背中を押す。

「じゃあな、坊主。気を付けろよ」

「ありがとう、えっと……ライグさん」

「ライグ、でいいさ。またな」

 そう言って、またライグの方から踵を返して人ごみの中に帰っていった。
 人ごみの中から少し飛び出ている頭。それを目で追いながらリードはふと呟いた。



「あ……名前」



 そういえば、教えていなかった。













































「はー、面白かったわね。何度来ても、ルミドは見がいがあるわ」

「色んなお店があるんですね、ここ」

「そうよ。隣のビアスとか、あとレナールなんかも見ていて楽しいけど」

「行けたらいいですけど……」

「ああ、修行中の身だものね。まあ、私も人探ししているのだけれど」

 くすくす、あははと少女と女の笑い声が混じって廊下に響く。
 そして一つのドアの前に立つと、マリナがそれを叩く。

 とんとん。

「リード君、夕食よ!」

「……あ、そーか」

 ドアの向こうから聞こえる、どこか間の抜けた返事に二人は顔を見合わせる。
 昼であの食べっぷり、夕食もおそらく飛び出してくるだろうと思っていたのだが。

 ややあって、ドアが開くと一人の少年が出てくる。
 表情はどこか落ち込んでいるような、なにやら複雑なものが浮かんでいる。

「悪い」

 一言短く侘びを入れ、先に階段を下りていくリード。
 二人はまたもや顔を見合わせ、それからリードの後を追っていったのだった。













































「というわけで、はい。二人へのプレゼントっ」



 夕食が並べられたテーブルで、マリナは満面の笑顔でごそごそと手のひらに載る小さな紙包みを取り出した。
 リードとシルアは少し驚いた顔でそれを受け取る。

「マリナさん、いつの間に買っていたんですか?」

「ふふ、ちょっとね?」

 楽しそうに言葉を交わす二人。
 リードは、その包みをしげしげと眺め、それから指で開けようとして―――

「あ! だめだめ、部屋に帰ってから開けて頂戴?」

「……わかった」

「でも、なんで……?」

 渋々承諾するリードと、疑問に思うシルア。
 マリナはその二人の様子を見て、ふふふ、と楽しげに笑みを漏らす。

「いいから。とにかく、受け取って」

 本当に心から、そしてちょっと悪戯めいたような楽しげな笑顔。
 二人は戸惑いながらもそれを受け取った。




































(マリナさん、何を買ったのかしら……)

 質素な宿の部屋。
 シルアはベッドに腰掛けながら、先程の包みを眺める。
 何となく小さい割には重みがある。形は、少々厚めの紙で包まれているせいか浮き出ては居ない。

「…………」

 少し緊張しながら、そっと裏の糊付けをはがしていく。
 後は紙が自然と開いて、その中心にあったのは―――



「……ペンダント?」



 銀の繊細な鎖。それにただ一つ通されている、無色透明の小さな石。
 さらりと音を立てる鎖を持ち上げると、石は重力で下につん、と鎖を引っ張るように滑り落ちる。

「綺麗……」

 石は滑らかで薄い長方形をしていた。向こうが透けるくらいに透明で、それは部屋のランタンの明かりにきらきらと輝く。
 ふと、横から見てみると。

「あ……!」

 途端に石が半透明になる。
 また正面から見ると透明。側面は半透明。
 その神秘さに、シルアは呆然と見入った。

 更に良く見れば、薄く青に色づいている気がした。

 自分の瞳の色に見立ててくれたのか。



「ありがとうございます……」

 シルアは、嬉しそうに微笑んで呟いた。
 と、そこで急に思い出したように不思議そうな顔をする。

「何で、部屋で開けなきゃいけないのかしら……?」

 マリナの真意は、やっぱり測れなかった。