夜明けの少し前に

第十九話





 きい、とやや軋む木のドアを押し開ける。
 中にはそれなりに人が居て、少し狭いこの店内ではそれも混んでいる様に見えた。
 少し年季の入った内装。立ち並ぶ大小の棚たち、そして。



 まず目に留まったのは、最も安く、デザインも凝ってはいない実用的な中剣。
 好奇の赴くまま手にとって、鞘から柄まで眺め回す。自分の剣と比較して、色々頷いたりしてみる。
 次に見たのは、やや細身の、銀製の中剣。
 柄には精緻な彫刻が施してあり、所々に薄い紫の宝石が埋められている。
 手にとって見るとやや重く―――これはお飾りに近いのだろう、とリードは納得した。

 振り返って後ろの棚を見ると、そこには小剣・短剣が並べられていた。
 小剣の中にはマリナが使っているようなものもあり、リードが目を引かれたのはその隣にある小剣。
 先の方になにやら、鉤爪のようなものがついている。
 これが腕などに刺さった光景を想像し、リードはぶるりと身を震わせた。
 短剣の方を見ると、こちらは何故か華やかだった。
 やたら宝石や輝石などが使われているものが多く、何故だろうと色々手にとってしげしげと眺めていると―――

「坊主、それは魔剣だぞ」

「へっ!?」

 リードは唐突にかけられた声に、毒でもあるかのように手に持っていた短剣を棚に素早く戻した。
 するとその声のした方から、はは、と笑いが聞こえる。

「何やってんだ、そいつは触ってるだけじゃ何もおきねえよ」

 そこには壮年の、やたら背の高い、日に焼けた肌もたくましい男が立っていた。
 男の背には、長い、丈夫な布か革みたいなものに包まれたものが負われている。
 リードは、う、と少したじろぐが、負けじとしっかりと目を合わせた。
 男はそれが面白かったのが、なおさら面白そうにリードを見下ろす。

「随分小さいな、ちゃんともの食ってるのか? 女の子にもてねえぞ」

「食ってるよ。余計なお世話だ」

「ま、そりゃそうだ」

 わはは、と笑って、先程リードが手放した短剣を手に取る。
 リードはそれを視線で追い、男の次の行動を待った。
 男は手に持つそれを見ながら話し出した。

「―――こいつはな、魔術で切れ味が良くなってるんだ」

「魔術……」

「武器にも色々あるさ。単に鋭い刃だけ、なんてのは安いがつまらないしな」

「あんたの武器には、何か魔術がかかってるのか?」

「うん? かかってないな」

 男は何か矛盾しているようなことを言ったので、リードは「?」という顔をした。
 男は、ちゃっと短剣を手で持ち直して口元に笑みを浮かべながら言う。

「俺はすぐに武器を壊しちまうんでね。魔術つきのを買い足すほど余裕も無いから、せめて使い勝手の良い武器を買っているのさ」

「へえ……」

 そういうこともあるのか、とリードは初めてばかりのことに感心を続ける。
 男は短剣を棚に戻し、少し奥に立てかけてある大きな武器の方へと向かっていった。
 そしてちらりとリードの方を振り返ると、ちょいちょいと指を動かし、

「一緒に見ないか? 色々教えてやるよ」

 そう言って誘ってくる。
 自分が大剣使いに見えるはずは無いよな―――と、リードはそんなことを考えながら少し早足に彼に追いついた。

 彼の脇に並び、目の前にある武器たちを眺める。

 最初は槍―――かと思ったが、先についている刃は斧のようだ。

「それはハルバードだ」

 男はリードの視線の先を見て言う。

「でかいだろう。坊主には無理か」

「…………」

 リードは少し悔しくなったので、無言のままその柄を掴み、持ち上げて―――

「うわ!」

「おっと」

 予想外の重さに身体が傾ぐ。男はそれを待っていたかのようにハルバードを自分の元に引き寄せた。
 明らかにリードの分の体重も少し入っていたはずなのだが、易々と引き寄せている彼の力にリードは少し落ち込む。

「まあ、そう落ち込むな。俺だって、お前ぐらいの時はそうだったさ」

「……ほんとか?」

「ああ。だけど俺は―――」

 そう言って、手に持っているハルバードを眺め、懐かしむように続ける。

「どうしても、こいつが使いたくてな。で、背はあったもんだから、ひたすら鍛えた」

「…………」

「かっこいいだろう? 大きな武器ってのは。実際は凄い大変だってことに気付いた時は子供ながらにショックだったがな」

「……でも鍛えたのか?」

「そうだよ」

「ふうん……」

「坊主は、あれだろう。剣か?」

 男は、リードの腰元を見て言った。
 リードは少し照れながら答える。

「うん。父さんから習った」

「そうか、父親か」

「凄く厳しかった」

「いいじゃないか、それだけ良い剣士なんだ」

「うん……」

 ますます照れて、少し俯き加減になったリードの横顔を、男は楽しそうに眺めて。



「―――っと、そろそろ宿を取りにいかなきゃな。じゃあな、坊主」

「え、あ。うん―――じゃあ」

「また、会えると良いな」

 そう言って、男はやや慌しく、そして日に焼けた顔に晴れ晴れとした笑顔を浮かべて去っていった。
 リードはその後姿をしばらく見送って、再び元の場所に立てかけられたハルバードに視線を戻した。



―――それだけ良い剣士なんだ。



 見知らぬ戦士の父への褒め言葉は、何より嬉しく感じられた。
















































「おばさん、これ一つ」

「あいよ」

 リードは適当に目に付いた露店で、リンゴを一つ買った。
 余り浪費はいけないと思うが、喉が渇いたのだ。
 かしゅ、とかぶりつきながら何気なく大通りを見渡して―――

 ざわざわと、人だかりが出来ているのを見つける。
 リードはリンゴを素早く腹に収める。

「?」

 今度は自分が野次馬の番だ、とそちらの方に人を掻き分け近づいていく。
 無理やり人を押しのけてみたらば、そこにはやや広めの人の輪に囲まれた場所が。
 そしてそこに立っていたのは、なんと。



「―――あっ……!」

 リードが思わず上げた声に、その人物―――先程武器店で会った男はそちらを見た。



「―――坊主! すぐに会ったな」

 少しぴりぴりとした空気が漂うこの場には似合わない明るい笑顔でそういった。
 リードは今度は少し声を張り上げて聞いた。

「一体何してる―――」



「ライグ!! 俺は絶対お前を許さん!!」



 突如響いた声に、リードは弾かれるようにそちらを見る。



「―――俺を?」

「そうだ! てめえ、目の前で思いっきり手柄をかっさらいやがって……!」

 男をライグと呼んだその相手―――やや細身の20代後半といった男は憎しみに燃える表情で睨みつけている。
 リードはその形相に怯えて、言葉は続かなくなった。



「そうは言われても……あの時、お前は深手を負っていた。ならば俺がやるしかあるまい?」

 男―――ライグは淡々と答える。
 怯えが微塵も無いことに、リードは安堵した。

「う、うるせえ! 見つけたのは俺が先だったんだ……!!」

「勝手に言っていろ。俺が避けられた罠をお前は避けられなかった。そういうことだろう」

 その言葉に相手の男は、かっと顔に血を上らせる。
 そして腰にある剣の柄に手をかけた。

「いいから、あの時の報酬をよこせ……!!」

「俺は覚えが無い、よって渡さない」

「黙れ!!!」

 そういって、怒りに任せたままにその剣を引き抜いた!



(まずい)

 リードはごくりと息を飲んだ。

(ここで、戦う気なんだ!!)



「や、やめろ!!」



 リードは完全に人を押しのけ輪の中へと躍り出た。
 剣の柄には手が置かれている。

 ライグはそれを見て初めて表情に焦りを浮かべる。
 一方、抜き身の剣を下げた男はぎらついた目でリードを見た。

「ああん……? 何だお前は……ライグの仲間か?」

「違う! 坊主、下がれ!!」

「でも!!」

 ライグが叫ぶが、リードも負けじと叫び返す。

 だんだんと、男の目に危ない光が宿ってきて―――



「俺は今、正当な要求を出してるんだよ。邪魔すんな」

「どこが正当なんだよ……!!」

「ガキにはわからねえもんさ」

 その言葉に、リードはぴくりと柄に置いた手を震わせる。



「リード、やめろ! 早く離れるんだ!」

 ライグが叫んでいる。でも、引き下がれない。



 父を褒めてくれた、戦士。
 それに敵対する男。



「それともなんだ、ガキ。俺に斬りかかろうってのかあ!?」

「―――!!」



 リードは挑発に負けた。
 剣をすらりと抜き放ち、たっと駆け出した!



「くそ……!」

 ライグはそれに慌て、背負っているハルバードを持ち出した!



「この野郎―――!!」

 リードがそう叫んで、慣れた様に身構える男に向かっていく―――!



 きいん……!



 高く鋭い音が、大通りに響き渡った。