夜明けの少し前に 第十八話 「―――陸だ―――」 リードの呟きに、シルアはそれを確かめた。 中央大陸の御用達。それが、ルミド王国。 リードとシルア、マリナはここ、クラーノ港に足をつけた。 行き交う人々は、良く見ると様々な人種が集まっているようだった。 白い肌から黒い肌、褐色……優雅な貴婦人、手練れの傭兵達、元気に走り回る子供達。 思っていたよりも華やかで活気溢れるその空気に、二人は呆然とその慌しい足並みを眺めていた。 「ほら、二人とも。ぼうっとしてるとヘルゼの時みたいになるわよ」 マリナから苦笑気味にかけられた言葉にはっとして、二人は改めて辺りを見回した。 シルアは空を見上げて、眩しげに手をかざしながら言う。 「一度、休んだ方がいいのかしら……もう、お昼?」 太陽はルミドに近づくにつれさんさんと輝き、それは頂点に達しかけていた。 マリナはそれに頷き、答える。 「そうね、その方がいいんじゃないかしら。宿の主人とかに、話を聞いておくのもいいわよ」 「成程……」 「あー……俺、腹減った……」 リードが女二人の脇でげんなりと言う。 それを見てシルアとマリナの二人はくすくすと笑う。 「それじゃ、急いで宿を取ってからお昼ご飯にしましょ?」 マリナは楽しげにそう言った。 「……美味しい」 シルアが魚のソテーを一口分に切り分けて口に入れ、飲み下した後の一言。 白身魚をバターとその他調味料でやや濃い目に味付けされ焼かれたものだが、それが淡白な魚の味に合っていて素朴で良い味だった。 彼女は今まで、いわゆる肉類を食べたことが無かった。 最初の町では殆ど野菜の料理を食べた。そして、ヘルゼで初めて魚の肉を口にした。 何故食べられたかというと、それは目の前で平然としてもぐもぐと食べている少年を見ていたから―――それを認めるのも何だか癪だが、それが一番大きな要因だった。 「さすがルミド、ね。ここから、色んなものがこの中央大陸に広がっているのよ」 「魚以外にもですか?」 「ええ―――真珠、珊瑚……その他にも色々あるんじゃないかしら」 シルアとマリナは食事を楽しみながら色々と会話を交わす。 その脇でリードは、もぐもぐと夢中で食事にありついていた。 「真珠、か……」 シルアがそれとなく呟く。 マリナはそれにくすくすと笑い、 「シルアちゃんなら似合うんじゃないかしら。ねえ」 「……あ?」 やはりそれとなくこの食事に無心な少年に振ってみるが、この少年はその本意に気付く由も無い。 彼がまた食事に戻ったのを見て、マリナはふっとため息をつきながら食事に戻る。 「……そんなに美味しい?」 「うん。美味い。最高」 少しばかり驚いた顔で問うシルアに、リードは少し落ち着いたようにナプキンで口の周りを拭きながら答えた。 ヘルゼや他の時での食事の様子を思い出すが、こんなに夢中になって食べているのは見たことが無い。 ヘルゼでも魚介料理は出たはずなのだが…… 「シルアは美味くないのか?」 「ううん、そんなこと無いわ」 逆に問われて、少し慌てて返す。 リードはそれに「そうか」と言って、運ばれてきた香茶に手を伸ばす。 「リード君、私にもくれるかしら」 「あ、どうぞ」 リードがカップに香茶を注ぎ終わったのを見て、マリナはそう頼んだ。 こぽこぽと注がれる湯気の立つ明るい茶の液体を見ながらマリナは話し始めた。 「二人はこれからどこに向かうのかしら?」 シルアはそれに答える。 「えっと……ここから東の……シゼーヌへ」 「シゼーヌ?」 「はい。大きな図書館があると聞いたので」 賢者の国、シゼーヌ。 創始者がシゼーヌ=ウィエフという偉大な魔術師であり、その国は以来“大陸の書庫”として膨大な、世界の様々なことに関する情報を集めてきた。 二人は“月の光”に関する資料を求める為、そこに目的地を定めたのだ。 「そうなの……」 「マリナさんは?」 するとマリナはふうと息をつきながら背もたれに身体をやや預けた。 「残念ね、じゃあここでお別れだわ。私は北よ、テードルに行くの」 「あ……そうなんですか……」 シルアが寂しそうな顔をする。マリナはそれに明るく微笑んで言った。 「ほら、そんな顔しないの! 旅は長いんだから、別れも出逢いもまだ沢山あるわよ」 「……はい」 シルアはまだ寂しそうだが、それでも明るく微笑んでいた。 一方リードは我関せずといった顔で香茶を飲んでいる。 年上の女性ということもあって、正直そこまで親しみを持てたものではなかったのだろう。 「そうだ、シルアちゃん。ここの通り、最後に一緒に見て回りましょうよ」 「え、ほんとですか」 「ここは色んなものがあるんだから。見なきゃ損、よ」 「でも……」 シルアは少し躊躇いがちにそう言って、リードの方をちらりと見た。 それと同時で、リードは口を開いた。 「あの、俺別行動でいい?」 「え」 少し驚くシルア。 「大丈夫? 今度は何か起こしても助けてあげられないわよ?」 「大丈夫だよ」 マリナの本気かどうかわからない心配にリードはやや不機嫌そうにそう返して香茶を飲み干す。 シルアがおろおろとしていると、マリナはふっと笑って、 「じゃ、そうしましょうか。女二人で見て回って楽しみましょ」 「でも」 「さて、香茶も飲み終わったし! ほら、お店出ましょう?」 マリナが元気よくそう言って席を立つ。 リードもそれにならって立ち上がり、シルアは遅れがちに最後に席を立った。 「……はあ。やっと解放されたか」 通りの人ごみに紛れながら、リードは軽く息をついてそう呟いた。 実は彼、マリナに関してはどうも苦手なのだ。 美人で、明るいのは結構だが、いかんせんあの女同士の会話とやらには余りついていけない。 (ハルが一緒に居ればなあ) と、ありえないことを想像して少し気を滅入らせる。 仲の良い、従兄弟にして親友。どうせなら対抗して男同士の会話を繰り広げてやりたかった。 でもハルディンのことだ、あの美人なマリナにべったりで意味が無いかもしれない。 (でもそしたら、シルアは……) ハルとマリナの会話に割って入ることはしないだろう。なら。 「…………」 そこで、ちょっとした感情に気付いてそのことを考えるのはやめにした。 代わりに、周りに立ち並ぶ様々な店の看板を眺めた。 『武器・防具の店、テグラ―――テードルからスケア、各地の武器勢ぞろい』 『真珠装飾品専門店 エルナ=サンテ』 『レナール家具はここ レナール・オン』 「―――……」 様々な地名が所狭しと並べられる。 聞いたことのあるのもないのも、皆そこにあるようでリードは驚いた。 だがここでぼうっとしているとまた何か言いがかりをつけられるかもしれない、とリードはとりあえず武器・防具店に入ってみることにした。 |