夜明けの少し前に

第十二話





 女戦士マリナについてゆき、無事に宿「アノールの旅人」にリードとシルアは辿り着いた。
 宿帳にサインをし、料金を払った後二人はマリナと別れそれぞれの部屋で過ごしていた。












 質素だがしっかりと手入れの届いた部屋。
 シルアは荷物をベッド脇に置き、自分はベッドに座ったり転がってみたり、備え付けの椅子を窓際まで引っ張ってそこから大通りの様子を覗いて見たり。
 そうしてそれも飽きてきた頃―――

 とん、とんと木のドアが叩かれる音。
 どき、とシルアは鼓動が一瞬だけ早まる。

「えーと……シルア、もうすぐ夕食だ」

 リードの、どこかぎこちない声。

 そういえば、窓の外はもう行く人もまばらになってきている。
 僅かに差し込む夕陽も、あと少しすれば完全に姿を消すだろう。

「ええ、今行くわ」

 シルアはかた、と椅子から立ち上がりドアへ向かった。










































「……あの、」

「ん?」

 宿の食堂で、数あるテーブルの中の一つで夕食をとる二人。
 周りには自分達と同じ旅をしているのであろう人々が沢山居て、でも自分達と同じ年代の者は余り居ないことに少し緊張する。
 しばらくは運ばれてきた食事を食べていたのだが―――
 そこで、シルアは珍しく話しかけてみた。

「えっと……リードは、15歳なの?」

 そういえばお互いの年を聞いていなかったなと、今日のリードの戦いぶりを思い出していたときに思い当たったのだ。
 そう聞くとリードはこころなしかむっとして、

「―――そうだけど。……シルアは?」

「私も、15歳よ」

「え。……そーなのか」

 聞き返してきた彼にシルアは少し嬉しそうに返す。同い年、ということは、対等ということだ。
 一方、リードは何か複雑な面持ちでシルアの顔をまじまじと見る。

「……? な、何かついてる?」

「いや……もしかしたら年上かと思ってた」

 初対面では、と付け加えそうになってリードはパンを口に突っ込む。
 きょとん、とシルアは一瞬驚いた顔をして―――

「わ、私、そんなに老けて……?」

 不安げな顔をするシルアに、リードは少し慌てて続ける。

「あ、そーじゃなくて……何か、そっちの方が落ち着きがあるというか」

 そっち、とはシルアのことだろうか。

「そうかしら……」

「いやまぁ、同い年でもいいんだ。気にするな」

 同い年でもいいって?
 と聞こうとしたシルアだったが、それは何となくやめておいた。
 その代わり、シルアもリードの顔を観察する。

 自分はやや小柄なのだが、それより少しだけ高い、身長。どちらかといえば細身の身体。
 顔立ちは、整っていると思う。ただ、大きなこげ茶の瞳と明るい緑という調和が柔らかい印象を与えることもあって、なんとなく、そう―――

 童顔。

 言動からしても、15より下と言われてもなんとなく納得できてしまうな、とシルアはそう考えて、そこで―――

「? どうかしたか?」

「あ、ううん」

 少し噴出しそうになってしまった、などと言えるはずが無い。
 今までの彼を見ていて、子ども扱いされることを彼が嫌っていることは重々承知していた。









「どうかしら、ここの宿の味は?」



 そう突然声を掛けられる。だが、それは今日で何度も聞いた声。

 座っているので見上げれば、そこには青髪の美女が。

「マリナさん」

「ここの席、空いてるわよね。一緒に食べていいかしら?」

 シルアがそう名前を呼ぶと、マリナは人懐こい笑みでそう聞く。

「いいですよ、どうぞ」

「ありがとう」

 マリナはシルアが答えると、テーブルの空いている椅子に座り、持っていた食事の載っている木のトレーをかた、とテーブルに置いた。
 リードはそれを見て尋ねた。

「マリナさんは、一人なのか? あっ、一人、ですか」

 その訂正の仕方が面白かったのか、マリナはくすくすとリードのほうを見ながら笑う。

「ええ、一人旅なの。それから、敬語じゃなくて良いわ。疲れるでしょう?」

 でしょう?と言ったときに少し首を傾げて零れる様な笑顔を向けてきたので、リードは何となく眩しく感じてしまう。

「じゃ、じゃあ言葉に甘えて」

「そうして、ね。シルアちゃんも」

「で、でも私は敬語に慣れてますから……じゃなくて、えっと」

 話を振られたシルアも後から訂正しようとするがうまくいかず、マリナは今度はきゃははと笑い出してしまう。

「はー……あなた達、面白いわね。若いわねー」

「え、でも、マリナさんだって」

 若いじゃないですか、と言いかけシルアが顔を赤くしながらマリナの言葉に応じる。
 リードは決まりの悪い顔をしながら食事を続けている。

「まぁ、そうなんだけどね?」

 そう言いながら、魚のソテーを切り分けて口に運ぶ。
 それを見てシルアは手が止まっていたことを思い出し、何故か慌ててパンを手に取る。

「なんていうか、うん……私があなた達の年の頃は、もうそんな初々しくなかったなぁ」

 シルアがパンをちぎって口に運ぶ間に話すマリナの表情は、懐かしむような、それでいてどこか切ないものであった。

「あなた達、どこから来たの? アノールの中よねぇ」

 その言葉に、シルアはぎくりとする。

 旅立ってまだ時間はそんなに経っていないというのに忘れかけていたが、二人は対立している種族同士なのだ。もし、マリナがそれを知っていたら、どうとるのだろうか―――

 シルアがそんな危惧を抱いて躊躇っていると、リードが代わりに―――

「俺は、フォルンの村から。シルアは、イシュフェルードの里から」

 どきんとして、シルアはリードの顔を見る。
 そして、マリナの表情を見る。彼女は―――

「あら、私も聞いたことはあるわ。随分遠くから来たのね!」

「いや、そうでもないんだ―――ただ、他に人が入らないから、自然とそういう印象になるだけで」

「ああ、成程。私も行ってみたかったんだけど、宿のおじさんに止められちゃって」

 あーあ、と言いたげな顔で話す。シルアはそれにほっとする。
 そして、リードに感謝した。ここで何も言わないのは、こちらに事情があったとしても失礼なのかもしれない。

 リードはシルアの視線に気付いて、わかってる、というように軽く頷いた。
 シルアはありがとうと伝えたかったが、どうすればいいかわからず視線を合わせた後は食事に目を落とした。
 幸い、マリナは食事に気を取られてそのやりとりは視界に入っていない。

 ここで少しの間、3人とも食事に取り掛かった。
 そして、マリナはまた話し出す。

「そういえば、シルアちゃんは巫女なのかしら? リード君は剣士なんだろうけど」

「え……はい、そうです」

 シルアはまたどきりとする。
 彼女が着ている服は、多少動きやすさの方に重点が置かれているものの、総てがほぼ白で統一されているために宗教的な印象はどうしても拭えない。
 特に上に羽織っている、縁が金である白の外套は自分から見ても、何かそういう印象を与えてしまうのだろうと思う。

 マリナはふんふん、と頷きながら続ける。

「大変ね、巫女さんも。私にもね、知り合いにそういう仕事している子が居て……」

「そうなんですか―――」

 といったように、しばし3人で会話が交わされる。
 マリナはやはり一人旅は暇だというように、次から次へと思い出しては話題投入を繰り返す。









 意外と食事も進み、やがて食後のお茶に移ろうかという頃―――









「―――そうだったの、成程ね」

 先程までの話題は、シルアもどこかで懸念していたのだが―――旅の、理由。
 こればかりはしょうがなく、「巫女の、課題をこなしているんです。あまり、話せないのですけれど」と断りを入れると、マリナは申し訳なさそうに侘びを入れ、その代わりに巫女の生活はどうだとか、あまり立ち入らない程度に色々聞いてきた。

「人それぞれ、色々目的があるものねぇ……」

「―――マリナさんは、何か理由が?」

 シルアが思わずそう聞いてしまった瞬間。
 少し、マリナの表情が翳ったのがわかった。
 リードも、それに香茶を運んでいた手を止める。

「ええ。もちろん、あるわ」

「……あの、すいません……」

 少し硬い声。謝らなくてはいけないような気がして、シルアはそう言った。
 するとマリナは途端に明るく―――それでも、どこか無理をしている感は拭えなかった―――笑顔でぱたぱたと手を振って、

「あ! ごめんね、変な顔しちゃってた? 大丈夫よ、気にしないで」

気を取り直すように言う。

「で、でも」

 そこでマリナは、何かを紛らわすかのように香茶を口に運んでしまい、会話は途切れてしまった。
 繋ごうにもどうすればいいのか―――それは、リードも同じのようだった。

 と、その時、マリナは切り出した。

「さて、それじゃ、私はそろそろ部屋に戻ろうかしら。明日ね、私も船に乗るの」

「あ。そうなんですか」

 シルアは焦りながら答える。
 リードは、黙ったままだ。

 がた、と席を立つとマリナは会計を済ませた。何故か、リードとシルアの分まで。

「え、マリナさん!?」

「俺達だって、ちゃんと払う―――」

「いいから。ごめんなさいね、お邪魔しちゃって。でも楽しかったわ。あなた達も、早く寝て疲れを取りなさいね―――明日は船旅よ」

 そう一方的に言い残すと、3人分の代金を払ったマリナは部屋へと帰っていってしまった。