“夢見”の力を持つ男は、不思議な場所に一人、立っていた。



 見渡す限り、一色の空間が拡がる。
 唯一つの変化も見出せない、無機質を超えた空間。



 男は、ゆっくりとした動作で前に手を伸ばす。
 今、どこかに触れているのかいないのかさえ解らない指先の周りの空間に変化が起こった。
 波打つように、脈打つように、それは“歪み”となって、この無意味とも取れる空間を壊していく。

 男は、空間の色が、突然薄い紙の様にくしゃりと皺を作って剥がれ落ちていく様を見る。
 剥がれ落ちた先の光景を見て、男は眉をひそめる。



『姫様』



 そう呼ぶと、純白の衣装を身に纏った愛らしい少女が振り返る。

 冷たい程に美しく研磨された大理石で作られた神殿のような大広間。
 そこに、姫は居たのだ。



 彼女は、被っている白い薄布を揺らしながらこちらへと身体を向ける。

『これは、夢なのかしら。それとも、私は本当に竜に攫われたのかしら?』

 男が誰なのかとも尋ねず、気品を漂わせはっきりとした口調で尋ねてくる少女の言葉に、男は一瞬迷った後答える。

『姫様、これはまったくの夢……人々が眠りにつくときに見る、あの夢なのでございます』

『では、何時覚めるのかしら』

『私が覚ましてみせましょう』

 男は姫の下へと歩み寄り、さっと恭しく跪くと、その白い手袋をはめた小さな手を取る。



 くらり、と一瞬、世界が傾ぐ。
 男と姫の周りの空間がまた、“歪んで”いく。

 だが、その時異変が起きた。



 突然目の前に現れたのは、あの地下深くに今も眠っている竜。

『私の花嫁を、どうするのか』

 それは意外にも人間に近い声で、問うてきた。
 男はその神々しさに怖気づきながらも答えた。

『元いた場所へ、お返しするのだ』

 竜は、何も言わない。


 また、一つの空間が、壊れていく。
 だが、竜はそれに抗いもせず、ただ、消え行く男と姫をその金の瞳で見つめ続けた。





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