夜明けの少し前に

第十六話





 戦いは長かったようで、意外と短かったらしい。
 空はやや白んでいるようにも思えたが、暗いことに変わりはなかった。






「シルアちゃん、リード君……!」

 マリナが二人を探し、見つけて駆け寄ろうとするが―――足を、止める。















「…………」

 シルアはリードの痛みを一通り和らげた後、何となく俯いて黙り込んでいた。






―――自分の所為で、彼が傷付いた。

 傷は治せる。でも、この罪悪感という痛みや悲しみは治せるのか。






(でも、謝らないと)

 シルアはそこだけでも意を決し、顔を上げて、

「あの、ごめんなさ―――」



「あのさ」



静かな短い言葉に、遮られる。



「シルアは、戦う訓練とか、してこなかったよな」



 抑揚の無い声で問うリード。
 シルアは遮られたことに少し力が抜けたが、一呼吸間を置いて応えた。

「……無い、わ」

 短くそれだけ答えると、リードはやや決まりの悪いような、そんな顔をして。

「ごめんな」

「え……?」

 シルアは驚いてただぽかんとする。

「だって、それなら俺が代わりに戦わなきゃいけないだろ。なのに俺、今も昨日も、戦っている時にシルアのこと忘れてた」

「…………」

「父さんにも言われてたんだ。“お前は周りが見えてない”って」

「でも、ちゃんとリードは……」

「……?」

 言いかけて少し口をつぐんだシルアに、リードはゆっくりとシルアの方へと顔を向ける。
 シルアは彼とは目を合わせられず、少し目を伏せがちに続けた。

―――私の背後に居たサハギンを……

「その……ちゃんと、護ってくれてた……と思うの」

 リードは、その彼女の様子をぼうっと見ていたが、次には少し嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

「―――ありがとな」

 シルアはその言葉に顔を上げて、その笑顔を見た。
 何だか自分も嬉しいようで、でもどこかがくすぐったいように恥ずかしい。
 素直な感謝の言葉は、そう感じた。

「……俺、頑張るよ」

 リードは再び前を見て、その笑みを浮かべたままだんだんとはっきりしてきた水平線を見つめた。



「シルアも、他の人も護れるように強くなるよ」



 シルアはそれを眩しそうに見つめていた。































「……シルアちゃん。リード君」

 二人は呼びかけられてはっと声のした方を見た。
 そこには、やや長身の女性―――マリナがいた。

 彼女は心配そうに二人の顔を覗き込む。

「大丈夫だった? ごめんなさい、手助けできなくて」

「い、いえ! 大丈夫です」

 シルアが少し慌てて返事をする。
 マリナはそれに微笑んで「よかった」と言うと、リードの方へと目を向ける。

 リードは決まりが悪いのかマリナと目を合わせようとはしない。

「……リード君、怪我は?」

「……治してもらった。シルアに」

「そう。……今の戦い、貴方の年にしては立派なものよ。気を落とさないで」

 マリナは褒めているとも皮肉ともつかない口調でそう告げた。
 リードは更に決まりが悪くなったのか、眉をしかめる。

「さ、部屋に戻りましょう。リード君、立てるわね?」

 マリナがそう言うと、リードはシルアの支えを拒みながら立ち上がった。




























































「……随分とご機嫌が悪いようで」

「―――貴様か」

 濃い灰色の短いぼさぼさの髪。顔色の悪い、だが端整な顔立ち。
 その灰青の瞳を穏やかな声の方に据えた。

 真っ直ぐな茶の長髪に血の色を思わせる赤い瞳を持った男がそこに微笑を称えてたたずんでいた。

「何を見てきたのですか?」

 不明瞭で不透明な微笑。底の知れない口調。
 短気な者にとっては苛々することこの上ない、だがその力を知っていればその苛立ちを抑えざるを得ない―――そんな男の、微笑。
 灰髪の男は、ちっ、と小さく舌打ちをする。

「今度の月の巫女は期待できない」

「ああ、彼女を見てきたのですか」

「……知っているのか?」

「お祈りを始めた頃から」

「なら、貴様はどう思う。あれを」

 灰髪の男は不機嫌さを隠せずに問う。
 茶髪の男は微笑を消さずに考え込むような仕草をして、

「なんともいえないですね。気付きかけてはいるようですが」

 まるで学校の先生が一人の生徒を評価するように言う。
 灰髪の男はその微笑を視界に入れず、声だけを聞くようにした。

「気付きかけている? 何も知らない顔をしていたぞ」

「気付くことと、理解することは少し違うのですよ」

「…………」

 この男の表情から、微笑が消えることは滅多にない。
 それが消えるということは、即ちそれ程の余裕を失った時か、それとも。

「……俺は知らん。お前らで勝手にやっていろ」

「それは残念ですね……まあ、いいでしょう」

 灰髪の男は少々訝しく思い茶髪の男の方をちらりと見た。



「やる気のない人に参加してもらっても、困るのはこちらですから」

 棘のある言葉を、微笑を浮かべ躊躇い無く言い放つ男の姿が、そこにあった。