君の行く先。

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「……オイ、あの男はちゃんとやってくれんだろうなぁ」

「やってくれなきゃ困る。散々金ふんだくりやがって」

「まぁ、あのライ=サウラーだからな」

「昨日も酒場で騒ぎ起こしたらしいぜ?」

「まじかよ……こえー女だ」










































 清々しい朝の空気。朝の透明な陽光。
 夜が明けたばかりで空気がまだ冷たい。だがライ=サウラーは小麦色の肌に触れるそれを心地よく思いながら林の入り口に向かっていた。

 やがて見えてくる木立。更に進めば、一つの人影が見えてくる。

 背の高い、黒髪に黒の瞳に無精髭の男。
 どこか掴めない様な雰囲気の男―――シェリグ=アンビート。

「よう、来てくれたな」

「当たり前だ」

「そらそーか。んじゃ、行くぞ」

 ライの朝からの無愛想な返事にめげる様子もなく、シェリグはふいっと前を向いて歩き出す。
 ライはそれについてゆき、次第に二人は林の中へと入り込んでいく。









「―――おい、まだかかるのか?」

「もうちょいだ。……っと」

 いきなり前を進んでいた男が足を止め、側の木の幹の影に入る。ライもそれにならう。

 シェリグが見ている先にあるのは―――やや大きい規模の洞窟の入り口。
 見張りが二人ほど見えるが、どうも居眠りをしているらしい。
 ライはその無防備さを一瞬訝しく思ったが、次にはシェリグの言葉に耳を傾ける。

「よし、寝てやがる。いいか、俺はあいつらを術でのしちまうから、そしたら中にどんどん入るぞ」

「わかった」

 頷くライ。
 彼らは一旦木立の中に戻り、洞窟の脇あたりからそっと近づいていく。









「……≪アウト≫」

 シェリグがぴっと指で放った小さな白い光は見張りの男達の額に命中する。
 すると舟をこいでいたのがかくん、と頭を下げてぴくりともしなくなる。

 ライはそれを見て洞窟の入り口の前まで行く。シェリグもそれについて行く。

「よし行け」

 ライは頷き、隣で走り出したシェリグと同じように走り出す。

「な、なんだぁお前ら!?」

「見張りはどうしたー!?」

 口々に叫びながら出てくる男達。
 その数は数十名―――



「ライ、そいつら頼む!!」

「任せろ!」



 シェリグの無茶な要望にライは怖気もせず、拳を胸の前でぱんと手のひらに打ち付ける。
 そして周りに立ちはだかる男達をきっと赤の瞳で睨みつける。
 うっ……と男達が一瞬そんな呻きが聞こえそうな様子でたじろいだが。

「おめえら、びびるんじゃねえ! 数だ、数で押せ!!」

 おう!!と次にはそのだみ声に押され男達が流れ込むようにライに向かっていく。









「ぎゃっ」
「がふ」
「だぁっ!?」
「うごっ、い、いてえー!」



 だがその数で押されるほどライの実力は半端ではなかった。
 まず一番に山月刀を持って飛び掛ってきた男の刃を紙一重で避ける!

―――ちっ―――

 それは刃が赤い髪を僅かに擦った音か、誰かの舌打ちか。
 ライは避けた後、その男のがら空きの脇に蹴りを大きく入れる。
 その勢いで後ろに居た男のみぞおちを肘で打ち、目の前の棍棒を腕で受け止めるとそのまま脇にのけて腹にブーツのかかとをめりこませる。

 無駄の無い、流れるような動きに、男達は怯みつつもどんどんと襲い掛かってくる。
 ライの息も少し上がってきたかという頃、妙な呟きが彼女の耳に入る。



―――おい、あいつはどうした―――

―――早くやっちまえってんだ、ったくよ―――



「―――?」

 少し怪訝そうな顔をしながらも体を動かして次々と男達を片付けていくライ。
 その時!






「―――!!」






 妙な予感に、目の前で倒れかけた男を踏んで飛び上がる。
 すると今まで立っていた場所に―――小爆発が幾つも起こる。

「どわあ!?」

「やめろ、俺たちも巻き添えにする気かー!?」

 また口々に言う男達。その視線の先には―――



「……ふん」

 男達が避けた先に着地したライは不機嫌そうに鼻を鳴らす。






「―――あらら、外したか」






 聞こえてきたそののんきな声は―――先程、誘拐された少女を救いに行っていた筈のシェリグ=アンビートのもの。
 そう、あの爆発は彼が引き起こしたものだった。
 彼は今、男達の周りから少し離れた、木箱の詰まれた上に一人で座っている。






 ライは盗賊達の攻撃が止んでいることを確かめると叫んだ。

「……やっぱり何か裏があったのか?」

「ま、そーいうこと。ばれてた?」

「お前はどーみても胡散臭い」

「やっぱり女の勘ってやつは侮れないねえ……」

 ぼりぼりとのんきに頭をかきながらしみじみと見当違いのことを言うシェリグ。
 そこに先程のだみ声が叱咤を飛ばす。

「おい、てめえ! 金払ってんだからさっさとやりやがれ!!」

 そうだそうだとあちこちから声が上がる。
 だがシェリグはどこか不満顔。

「あーん……なんかさあ」

 彼は立ち上がると、彼らを見下ろす。

「気がすすまねえわ。おーりたっと」

 そして言葉通りというべきか、木箱からすたっと降りるとすたすたと洞窟を出て行こうとして―――



「あ。つーわけでライさんよ、アンタも抜けちゃっていいよー」

「まっ! まちやがれこの!! 俺達はこの女になぁ―――」

「俺は知りませーん」

「金返せコノ!!」

「ああ、はい」

 シェリグは男の声に、また懐をさぐって皮袋を投げる。
 それは金貨の詰まったものだった。

「うわっと」

 慌てて金を受け取るだみ声の主の男。
 周りの男達がどうしようかと騒いでいると。






「いよっし、ライ、逃げるぞ!!」

 本格的に走り出したシェリグに声を掛けられ、ライも男達をあちこち放り投げながら走り出して問う。

「誘拐されたって子はどうした!?」

「んなもん元からいないって! ぜーんぶ嘘、ウソ!!」

「ちっ、殴るぞ貴様!!」

 手をぱたぱた振りながら走り行くシェリグの後を、怒りに赤い瞳を輝かせながら追いかけだしたライ。
 後ろでばたばたと追いかけてくる男達を振り払い―――



「てめえ、金くすねんじゃねえ―――!!」



 などという叫びも気にせず二人は洞窟を去っていったのだった。

































「で……俺はどうすればいい」

 ライは怒りを何とか抑えつつ脇ではあはあと息をつく男に尋ねる。
 男―――シェリグはライを見て、にっと笑みを浮かべると。

「これ、要るか?」

「?」

そう言って再び探り出した懐から出てきたのは―――

じゃらじゃら……

「…………」

「ほら、このルビーの腕輪なんか実にお前さんに―――」

「蹴るぞ!!」






と、言うと同時に(多少手加減して)男の尻を蹴り飛ばした。













































 散々な町だった―――



 ライは珍しくため息なんぞつきながら次の町への街道に足を踏み出していた。
 結局あの後、しっかりと残りの30枚の報酬分も貰い(装飾品でまかなったりもしたが)、そしてあのルビーの腕輪も貰ってしまった。
 彼女としてはそういった、いわゆる買収みたいな行為は最も気に食わないのだが……なんと言うか、あの男のペースに飲み込まれいつの間にかこうなっていた。

 しかも結局最後は蹴ってしまったか(しかも尻を)―――と、これも彼女らしくなく少しばかり後悔していると。












「うおーい」









 ぴく、と彼女の肩が震える。









「はー、追いついた。探したぜ」

「……なんだお前は」

「何って。こうなった以上俺とお前はもう離れられない運命に―――」

「…………」

「すいませんすいません」

 がっと掴まれた胸倉。シェリグは流石に謝った。
 ライがやや惜しそうに掴んでいた手を離すと、シェリグは乱れた胸元を直しながら再び話し出した。

「っていうのは冗談で。ついてっていいか?」

「駄目だ」

「けち……」

「貴様と居ると何が起こるかわからん。それに裏切ったということを忘れたわけじゃないだろーな?」

 ぎらりと赤い瞳を輝かせるが、シェリグはその瞳よりもある一点に注目していた。



 それは、何気なく左手首に手袋の上から付けられた、ルビーの腕輪……






「……ライ」

「何だ」

「それ、似合ってるぜ」

「……?」

 こっそり逃げ腰になりながら、ちょいちょいと彼女の手首を指す。
 ライはきょとん、と怒りを一瞬忘れそこを見て―――






「!!」

 そういえば朝に着けてみたまま忘れていた、とライは珍しく頬を赤く染める。
 シェリグはそれに一瞬目をむき、次の瞬間にはやたら楽しそうに笑いながら―――走り出す。






「何だ、結局つけたんじゃねーか♪」

 すたたたと街道の先を走り行くシェリグの後姿をライは口をぱくぱくとしながら―――






「きっ……貴様ぁ!!」



 照れとか怒りとか(殺意とか)をごまかすためにそれだけ叫ぶと、ライは少し遠くなったシェリグの後姿を殴ろうと追いかけるのだった―――