闇がくれたもの

第四話





―――明日の、夜。



 タキニアスはベッドに横になりながら、ずっと考え込んでいた。
 あのエルフの少女、エルリアの言葉が先程から脳裏を離れることが無い。



―――闇に魅入られ、いつも不安な子。貴方が受け取ったものの裏にあるものは、全て同じ闇だというのに。



 “闇”。

 最初、闇という言葉が何のことを指しているのかよくわからなかった。
 だがそれは考えてみれば、一つしか思い当たらない。

 いつも微笑を称えた、そして自分の恩人。

 サレディ。

 彼が、闇だと少女は言うのか。



 確かに、どこか妙な人物ではある。
 自分がここに来た当時は、少々疑いもしていたのだが……

 もしかしたら、サレディは人間ではないのか?
 そうだ、人間を闇と例えるのは何かおかしい気がする。



 そういえば彼女が自分のことを知っていると話したときもあまり表情を変えてはくれなかった。
 あまり、自分は大切に思われていないのだろうか。
 もう何年も側に居るのに、彼にとって自分の存在は単なる居候に過ぎなかったのであろうか。

 そう考えると、胸が潰れそうなほどに苦しかった。
 子供みたいに、何かに縋ろうと手が胸元の服をぎゅっと握り締める。



 真実を知れば、あのサレディを闇と呼ぶ由縁もわかるのだろうか―――



 だが、ここを離れるのは嫌だった。
 少なくとも、記憶を失いここで暮らしてきた“自分”は、嫌がっている。

 記憶を取り戻す。
 サレディと共に過ごした平穏な生活を、続ける。

 どちらが、幸せなのだろう。
 どちらが、正しいのだろう。



 いてもたっても居られず、タキニアスは部屋を出て行った。































































「サレディか? 珍しいな、あんたが動くなんて」



 勝気でやや軽い調子の男の声。
 サレディは微笑を称えたまま答えた。

「少し、数が多いようなので。頼みますよ」

「ふん……? あんたでも手に負えないようなことがあるのか」

「ええ、まあ」

「はっ……つくづく喰えないな、あんたは」

 そう言って目の前の影はやや気だるそうに立ち上がる。
 わしわしと、ぼさついた短い赤の髪をかき回しながら彼はくるりと身体を180度回転させた。

 やけに明るい月明かりに浮かび上がる、やや浅黒い肌に黄色の瞳。
 その黄色は狂気や危険といった凶暴さを秘めていて、それは野生の獣のそれに近かった。
 実際野生的な笑みを心底楽しそうに浮かべてサレディを見る。

「まあ、いいぜ。世話になってるし、何より―――暇つぶしにはなりそうだ」

「実に貴方らしいですね」

「俺はあんたみたいに、器用な真似はできないのさ」

 は、と嘆息してふざけたように肩をすくめる。
 だがサレディはそれを一向に気に留めず、その微笑を崩さない。

「私こそ、あんな重いものを扱う貴方を尊敬しますよ」

「よく言うよ」

 そう言って目の前の男は、すっと右手を持ち上げ開く。

 突如その周りに妖しく揺らぐ赤い光が生まれ、それはみるみる―――棒状に収束したかと思えば、さらにその先端付近から凶暴で残忍な、冷たい輝きを放つ刃を生やした赤の柄の武器が彼の手に納まった。

 それは彼が少し持ち直して揺らしてもがしゃりとも金属特有の音を立てなかったが―――代わりに月光にぎらつく、今は銀だが今までに何度もその刃を血に濡らしてきたであろうことを思うとやはりそれは彼に相応しい武器であることに違いなく思える。

「これを存分に振るえる、ってことだな?」

「はい、その通りです」

「―――楽しみだ」

 くくっ、と残忍な笑みを口の端に浮かべ、彼はその自らの分身とも言うべき武器を眺める。






炎を思わせる刃の形は、彼の暗い欲望を思わせた。

























































 今、立っているのは廊下の、サレディの自室のドアの前。



 何故、ここに来たのか。
 何を言いに来たのだろう……



 手が、ドアノブに伸ばされようとしては、きゅ、と拳を作ってまた身体の脇に戻る。



 いつか前にも、こんなことがあった。
 まだこちらに来たばかりの頃―――失ったはずの記憶がそうさせたのか、怖い夢を見たといって泣きながらこのドアの前に来たのだった。

 だがそのドアを開けられずにいると、突如独りでにドアが開いたかと思えば―――



 サレディが、そこで微笑んで自分を見下ろしていた。



“どうかしましたか。何か、夢でもみましたか”



 その後、また泣き出した自分を、サレディはその部屋に迎えて入れてくれた。
 朝にはいつの間にか自分の部屋に戻されていたが、不思議と再び怖い夢を見ることはなく眠りについていたらしい。



 こんな年にもなって、それを繰り返している自分が居るとは。



 タキニアスはドアを見上げた。
 あの時と変わらぬ、木のシンプルなデザインのドア。

 でも今回は、このドアが独りでに開いてくれるのかわからなかった。
 何故か、そう思った。
 自分であけなければ、一生開かないんじゃないか―――



「……っ」



 タキニアスはとうとう思い切ってドアノブに手をかけ、そのままゆっくりとドアを押し開けて―――









「――――」






 カーテンの閉めきられた、月光も入らない暗闇。
 だが、そこに―――人の気配は、なかった。ベッドの上は、無人。



「……サレディ……?」



 その呟きも、がらんどうの闇に吸い込まれて消えた。