吟遊詩人




 ある小さな町に、1人の男が訪れた。



 やや年を経た噴水が余り強くは無い勢いで水を噴き上げている。
 それを中心とした広場に、男は辿り着く。

 “さあ、お話をしよう。どんな話がいい?”

 興味津々に駆け寄ってきた子供達に、親しみとも演技とも取れる、謡うような声と口調で話しかける。

 男は語るように謡う。
 海が、神の愛よりも深く、ここに居る誰よりも感情豊かであることを。
 山が、賢者でも抱え切れないほど多くのことを知っているということを。
 空が、いつか見た夢を超えるくらい広いことを。



 “でも、君達の瞳の輝きは、夜空に散る星に負けないだろうね”

 きゃ、きゃと子供達は弾ける様に笑い出す。

 男が持つ小さな竪琴が、気まぐれに軽やかに鳴る。



 “さあ、もう僕は行かなきゃ”

 立ち上がる男を、引き止める子供達。

 だが、男は振り払わない。

 ただ、笑いかけるだけ。



 子供達は、残念そうな顔をしながらも、しがみついていた裾から小さな手を離した。



 “さよなら、可愛い子たち!”

 やはり、謡うように別れを告げて、男は去った。





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